カキタクナッタラ

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出力することを忘れないように何かを書きます

沖縄に1年間住んでいた思い出話

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今日は2年くらい海外で生活して戻ってきた沖縄の大馬鹿野郎な友人(悪友)と飲むので沖縄の話でも書こうと思います。


もう約10年前になりますが、私は沖縄に1年間住んでいました。よく内地(本土)の人が地元での仕事や生活に疲れて沖縄に移住したくなるという話は聞きますが、そういう感じではなく長期出張という名の転勤で住んでいました。

私は東京生まれ東京育ちで東京以外で住んだ県といえば沖縄しかないので、感覚的には第二の故郷という気持ちを今でも持っていて、沖縄生活のことを思い出すとすごく懐かしくなりますし、今でも好んでよく沖縄料理屋さんにはいきます。

そんな私が沖縄に住んだきっかけや当時の心境や沖縄への想いなどを改めて振り返ってみます。

初めて行ったのは高校の修学旅行

沖縄に初めて行ったのは高2の修学旅行でした。(初飛行機でした)11月に行きましたが30度を越える日もあって、寒いのが苦手な私にとってはそれだけでも楽園でした。

いま思えば、多分、沖縄本島北部を中心にまわったと思うので目の前には青い海が広がりテンションがものすごく上がりました。そしてテンションの上がった私は他校の女子に声かけてばっかりで沖縄の文化にふれた時間とかあまり憶えていないのですが(笑)

修学旅行から帰る頃には、手頃な将来の夢は「沖縄に住むこと」になっていました。東京育ちでしかもなぜか親が都心のど真ん中に住んでいたため、その都心のど真ん中で生まれた私は海も山も川も乗り物で長時間かけて行くものだったので、あの青い海が近くにあるだけで沖縄に住んでみたいと思ったのでしょう。

夢はすぐ叶った

それから8年後、沖縄に住むという夢は簡単に叶ってしまいました。当時働いていた会社でIT関係の営業部門に所属していましたが、部署内でチームが二分していました。

片方はとんでもなく暇なチーム、もう片方はとんでもなく忙しいチーム。私は部署の大ボス率いるとんでもなく暇なチームに所属していましたが、あまりにも暇なのと大ボスのパワハラもきつく(笑)直訴してサブボス率いるとんでもなく忙しいチームに移籍することになりました。ただし、そのとんでもなく忙しいチームに移籍する条件が沖縄行きだったのです。

高校生の時は、あれだけはしゃいで移住したいと言っていた沖縄なのに、もうすっかりそのことは忘れて行きたくなくなっていました。とりあえず3ヶ月限定ということなので(すぐにその約束はどこかへ消えました)、最終的には渋々了承しました。皮肉なもので夢は夢じゃなくなった時にあっさりと叶ってしまったのです。

とにかく仕事漬けだった

当時も沖縄へ行ったら観光漬けの毎日を送ろうなんて思ってましたし、1年間という時間の中で嫌というほどしたであろう沖縄観光について話を書きたいのですが、沖縄にいる間ほとんど観光をする時間はありませんでした。

仕事で沖縄に行った理由は、沖縄の支店管轄で新規に立ち上げるプロジェクトの立ち上げメンバーとして東京から助っ人として行ったわけですが、やはり立ち上げ時はいろいろとバタバタするし、東京からの助っ人組は会社から徒歩2分くらいのウィークリーマンションに押し込められるので逃げ場もありませんでした。

知らない土地でやることもないし、家も会社からびっくりするほど近いので、ほどほどに(適当に)して仕事から逃げようなんて気もサラサラ起きず、自ずと仕事漬けの毎日を送ることになりました。

最初の半年間は週7で朝7時くらいから夜は最低でも23時くらいまで会社にいる生活でした。(ブラックではないですよ〜。いちおう自分の意思でです。)

そんな生活を送っていたので、沖縄に住んでいたといっても私は那覇市以外のことはあまり知りません。なので、今になって沖縄へ旅行で行くことがあっても、結局は那覇市の知人巡りがスケジュールのほとんどになってしまい北部とか離島とか行く機会が全くありません。

会社は人間関係の摩擦がすごかった

これは沖縄だからという話では多分ないと思いますが、私が出張しに行った職場では地域型の派閥ができていて、当初はとても仕事がしづらい環境だったことを憶えています。派閥はこんな感じで…

・沖縄出身者組
・島ないちゃー組(移住者組)
・東京現場からの出張組
・東京本社からの出張組

私は本社からの出張組だったわけですが、島ないちゃーと呼ばれる本土から沖縄に移住して根付いた人たちの派閥とは最初のうちは本当に合わず、衝突というか激突ばかりしていました。

なんというか…当時、その島ないちゃー組の人たちに対して感じたことは「自分たちは沖縄出身者(うちなー)のことをとてもよく理解している理解者だ」という建前と「どこかで自分たちが本土から来ていることへの誇らしさや優越感をちらつかせている」本音の部分が見え隠れしていて嫌な感じでした。

最終的には派閥なんていうものは越えて理解し合えることができたし、こういった派閥はその会社の(その業種の)特色なのかもしれませんが、やはり人はどこかへ移り住むと似たもの同士で固まってコミューンを形成しようとすること、そのパワーとゴツゴツぶつかってしまったんだなと思いました。

私は、わからないけど…こういうのはけっこうあることなのでしょうか?

ゆし豆腐と島らっきょうにハマった

私が沖縄に出張することになって、美味しいと思った最初に食べたものは「ゆし豆腐」でした。

沖縄にはものすごく汚い食堂がけっこうあって、でも定食がけっこう美味しかったりするんです。私が初めてゆし豆腐を食べたところも、とんでもなく汚い食堂でしたが(汗)定食は安かったし、ゆし豆腐の味や食感は当時の私にとってはまさに新感覚でした。

そしてもう1つハマった食べ物が「島らっきょう」です。主に居酒屋で提供してくれます。私は普通のらっきょうは恐らく酢漬けがダメで苦手なんですが、島らっきょうには本当ハマりました。食べ方は天ぷらにするか塩漬けがあるのですが、私が好きなのは断然塩漬けです。

今でもこのゆし豆腐と島らっきょうは沖縄料理屋さんで必ず注文する定番中の定番となっています。

うちなータイム発動

うちなータイムという言葉をご存知でしょうか?沖縄の人たちは緩やかな時間を穏やかに過ごしています。そのため東京みたいにせかせかすることがないんです。なので、待ち合わせ場所に到着する時間はとてつもなく遅い。

例えばAM11時に待ち合わせをすると、その時間に起きた人や準備をしている人、車に乗って向かいだした人とか、そんなんばっかりです。これをうちなータイムと言います。

このうちなータイムは待ち合わせだけじゃなくて、お店の営業時間などにも通用する概念です。開始の時間は大体決められた通りの時間で店を開けてくれるんですが、終いの時間はお店とお客さん次第でお客さんがいなくなるまで昼過ぎまで明けている夜のお店とかもあったそうです。

ただ安心してほしいのは、そんな感じだと会社もほぼ全員遅刻してきそうな雰囲気ですが、少なくとも私が働いていた職場では遅刻はほとんどありませんでした。(お金かかってますからね)

意外と少ない沖縄弁

沖縄弁のことをウチナーグチと言いますが、あまり若い人はウチナーグチを使うことはないんじゃないかと思います。

私が東京から来ていたこともあって、意識的に話してくれたというのもあったかもしれませんが、沖縄の人は言葉自体よりイントネーションが独特なんです。文字だと難しいけど「〜しましょうね〜」とか言われると、すぐにその人が沖縄の人かどうか判別することが今でもできます。

ただ、やはり年配の方はけっこうバリバリのウチナーグチを使ってくるのでたまに聞き取れないことがありましたが、BEGINの島人ぬ宝のように「とぅばらーま」とか「でんさー節」とか使う人はいませんでした。

年配の言葉は方言バリバリというのは都内にもあって、東京の西部だと多摩弁という言葉がありますが(志村けんがコントで発する言葉は多摩弁)筋金入りの多摩弁を使う年配の言葉は東京であっても聞き取れないことがあるので、沖縄に住んでいて方言がわからなくて困るといった局面は特にありませんでした。

ちなみに私も「ゆたしくうにげーさびら(よろしくお願いします)」「にーぶいかーぶい(とても眠い)」「でーじ(とても)」といった方言は、おかげさまでよく使わせて頂くようになりました。

コンビニで感じるかもしれない違和感

沖縄には(那覇市内には)ファミリーマートとローソンが多いです。お店自体は本土にあるお店と全く変わりはありませんが、おにぎりを買った時に東京の人は「えっ?」と思うかもしれません。

沖縄ではおにぎりもチンするかどうか聞かれます。私はチンしたことはありませんが、沖縄のコンビニにはこっちでは売ってない「ポー玉(ポーク玉子)」入りのおにぎりが売っています。これは温めて食べたほうが美味しいみたいです。

あとはどこにでもさんぴん茶(ジャスミン茶)があります。本土だとジャスミン茶を飲んでる人をみかける機会が少ないような気がしますが、沖縄では定番のお茶でコンビニはもちろんのこと、自動販売機でもさんぴん茶のペットボトルが売られています。価格は普通のお茶よりも安いので、私も沖縄在住時はよく飲んでいました。

運転代行が多い

これは地方ならどこでも多いのかもしれませんが(私は沖縄以外の県に住んだことがないのでわかりませんが)沖縄は運転代行が本当に多いです。私がいま住んでいる東京西部の田舎にも運転代行はいますが、それよりも圧倒的に運転代行の車を見かけます。

沖縄の人にはお酒を飲む人が多いですが、基本的に車行動で近場でもタクシー乗って歩かないという人がけっこういます。なので当然、飲み会の場にも車で馳せ参じることが多いため、飲んだら乗れないので運転代行が多いというわけです。

休日は最高のロケーションだった

最初の半年間は休むことなく毎日会社にでていたので、自由時間は夜中しかなく、夜中にすることといえば飲むことしかないわけで常に飲んでいました。(おかげで激太りした)

でも半年が経って、仕事もようやく落ち着いた頃になると、休日は家から歩いて5分で海に行くことができたので海に行ってました。

常に寝不足状態だったので海でやることは寝ることでしたが、都心のど真ん中に生まれて自然とふれあうことがなかなかできなかった私にとっては、徒歩圏内に海があって時間を気にせず、ビーチで眠れるというのは最高でした。

休日はとてもとても緩やかに時間が流れていくのが体感でわかりました。うちなータイムっていいですね。

もし今度沖縄に住むとしたら…

沖縄から東京に戻ってきて、あっという間に10年近い時間が経ってしまいました。

沖縄では仕事漬けの生活だったので東京に戻ってきた時はバーンアウトを起こしてしまったり、自分の判断で戻ってきてしまったことを(いようと思えばもっと長期間いられた)後悔したりもしましたが、戻ってこなければなかった出会いもあるので、今は今でこの状態がベストだと思っています。

ただ、もしも運命のイタズラがあって沖縄にまた住める機会があるとしたら、今度はその沖縄に住むということの実感を踏みしめたいと思っています。以前は唐突すぎて、呆気なく夢が叶ってなんだか実感のないまま1年間があっという間に終わってしまいました。

そして沖縄の文化にもっとふれてみたい、体験してみたいという想いが今はとても強いので、ガラスを作ったり焼き物をしてみたり、舞踊とかももっと見てみたいし楽器(三線)ももっと練習したいと思っています。

いつかまた沖縄に住むのか?もう二度と住む機会はないのか?

今の私には全く想像がつかないけど、また沖縄に住むという可能性も生きていく糧にしたい。

なんて話を今日は沖縄の悪友ともするんじゃないかと思います。(待ち合わせ時にうちなータイム発動するのは勘弁してくれ〜!)


でででーさん
d3dayo.hateblo.jp